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今週の一本

●追悼、佐藤正治サトー商会創業者  越川宏昭 (週刊冷食タイムス:15/07/21号)

自ら道を切り拓いた人

佐藤正治氏
 10日、佐藤正治氏死去との報を受けて全身の力が抜けていくような虚脱感を覚えた。ジェフサにとどまらず、業務用食品業界にとって「巨星堕つ」の感が強い。私にとっては公私にわたり交誼いただき、いうならば人生の師ともいえる大きな存在だった。訃報を聞いて、故人と接したときの様々な場面が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。

 佐藤正治氏との最初の出会いは昭和50年頃だったか、仙台市苦竹の旧事務所を訪問してインタビューした時である。第一印象は気宇壮大、まだ日給連北部会と称していたが、文字通り東北・北海道の業務用卸を束ねるリーダー的な存在にとどまらず全国を視野に入れた少壮経営者という感じだったことを思い出す。

 佐藤氏は戦後の廃墟の中から裸一貫で事業を起こし、サトー商会へと商いを広げていく。しかし、ローカルな業務用卸の業界における地位は低かった。

 特約店制度の旧弊に阻まれて有力メーカーと直取引ができない。実績をあげても条件が変わらないのはおかしいとメーカーにねじ込んだりするが、条件闘争を勝ち取るのは容易ではない。

 業を煮やした佐藤氏は同業者が手を組み、数を頼んでメーカーを動かさなければ駄目だと悟る。そして生まれたのが「三栄会」であり、やがて北部会、最後はジェフサとなる。そのジェフサは今や全国の有力問屋を結集し、業務用業界で最大規模の卸集団へと成長した。

 東京銀座の老舗食料品店の丁稚時代は頑張りと創意工夫でトップの成績を上げた。軍隊時代は理にかなわないと上官にも逆らい、起業したのちは特約店制度に対抗する。付和雷同を忌み嫌い、常に独創に徹し、既成概念を打ち破る強烈なパワーの持ち主だった。

 事業を後継の佐藤正之現会長に譲ったあとは、書や水墨画、謡曲など習い、自宅近くの畑で野菜作りに精を出す。凄いと思うのは、こういった趣味のほとんどで玄人はだしの領域まで腕をあげたことである。佐藤氏が米寿のときだったか、枯れた筆致で富士山を描いた水墨画の色紙を頂いた。何とも味のある作品だと感服したのを覚えている。

 健在の頃に直接耳にし、書かれた「佐藤語録」は今もわが人生の道しるべとなっている。代表的なものを紹介する。

 願う人材とは、「思い切って叱れる人、困難を避けない人、すべてに善転思想の人」。まさに佐藤氏そのものである。そういう価値観を共有できる人材を求めたのであろう。

 「壁とは力不足のことである。力がつけば壁を破ることができるが、次々と壁はできてくる。壁ができたら引き下がらぬこと」。含蓄のある言葉であり、勝手に「わが座右の銘」にさせてもらっている。

 佐藤さんが“計画魔”だったことは有名。「私は人生も仕事も必ず目標を立てる。目標は高ければ高いほどいい」。

 毎年12月31日は総決算の日であり、「その日が一番恐ろしく、またその日が一番楽しみである」と述懐していた。ところが、これには付け加えた言葉がある。「私はやがて棺桶に入るのだが、自分の人生に描いたものをどれだけやり遂げたかを自分に問うて死にたいと思っている」。

 最期にどう自己採点をされたのであろうか。私としては「あれだけやれば十分でしょう」と霊前に語りかけたい。しかし、佐藤さんは独特の茶目っ気で「まだやり残したことがいっぱいあるのだよ」といって呵呵大笑するかも知れない。

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