この人に聞きたい:第189回
(週刊水産タイムス:09/04/27号)
魚食回帰へチャンスの年
マルハニチロ水産社長 伊藤滋氏
荷受業者が旗振り役を
マルハニチログループにとって今年度は中期経営計画「ダブルウエーブ21」の2年目。事業会社がスタートして1年。事業シナジーの面から、あるいはコスト削減からも「経営統合の完成形」へ向けて明暗を決する年となる。伊藤滋マルハニチロ水産社長に水産セグメントにおける新年度の抱負を聞いた。
――マルハニチログループ全体の売上高のうち水産セグメントは60〜65%を占め、利益でも約半分になる。
「昨年度は統合の1年目として、前半は大変順調なスタートが切れた。第1四半期で年間計画を達成しそうな勢いだったが、後半はまさに地獄。世界争奪戦の渦中で、やっと確保した高コストの在庫を抱える中、急激な円高と世界同時不況からくる景気後退で安いものが大量に入ってくる事態となり、大きな打撃を被った」
――結局、数字的にはどうだったか。
「売上げ実績は数量で28万6000t、金額で1992億円とほぼ前年並みとなった。扱い金額では(1)エビ(433億円、4万1000t)(2)スリ身(195億円、4万1000t)(3)北方魚(182億円、5万t)(4)鮭鱒(166億円、2万5000t)(5)貝類(150億円、1万3000t)――の順」
――水産事業で具体的に統合効果はあったかどうかが気になる。
「統合効果は水産事業でもはっきり表れた。売上高・営業利益とも旧マルハ、旧ニチロの合計を上回っている。魚栄会の組織により市場売上げの七割を占める主要荷受けが取引先となったほか、魚種ごとに見ても旧ニチロが強かったサケが加わり、大半の魚種がトップシェアとなった。これらはいずれもビジネス面で有利に働いたと認識しており、今後更なる結果を出せると自信を持っている」
――後半は各社とも在庫に苦しんだ。
「在庫処理は8月から本腰を入れ、他社よりは早い段階で対応できたと思うが、もっとスピード感を持って臨むべきだった。想定したより時間がかかった。ただ、他社に比べ、キズは浅かったのではないか。魚種でいえば問題はマグロとタコ。タコは年度内にメドがつくが、マグロは根が深い。大手商社の対応にもよるが、2〜3年は尾を引きそう。それ以外の魚種は概ね問題なし。エビが良い商材になってきた」
――今の事業環境をどうみる。
「大きな視点で『マイナス経済成長』と『物価のデフレスパイラル傾向の加速』の2点を、しっかりと認識しておくべきだろう。雇用・所得環境の悪化からくる消費の落ち込みは大きくなり、節約傾向、外食敬遠、内食回帰が一段と強まる。一方、量販店はPB商品など低価格販売に注力しており、量販店同士の消耗戦の様相を呈している。そのしわ寄せは間違いなく我々の業界にふりかかってくる」
――どう対処する。
「まず認識しておきたいことは、国民の魚食への回帰を促す最大のチャンスであるということ。輸入水産物は欧米との買付競争の中で買い負け状況に追い込まれ、量が少なく価格が高い状況が続いたことが、消費者の魚離れが起こった大きな要因の一つと言われている。一方、我々の魚食回帰への努力も不足していたように思う。魚離れの原因を分析するとともに、今後、業界全体で魚食回帰への運動を積極的に展開することが重要。今回の魚価安は、我々業界にとって最大のチャンスととらえたい」
――その旗振り役は誰か。
「我々もそうだが、特に卸売市場が業界の中心となって行動してほしい。減収減益傾向になかなか歯止めがかからない荷受事業は、その存在価値を回復しない限り、根本的な解決にはつながらないと考える。そのためには『価格形成機能』を自らの手で取り戻すことが必要。荷受の存在を示せる最大のチャンスを、ぜひ生かしてほしい。我々としても責任を持って必要とされる数量を供給していくつもりだ」
――魚を適正価格にする年でもある。
「水産物は当分、日本市場に集まってくると思うが、中長期的に見れば、世界の水産物供給が大きく増加しない限り、経済の回復に伴って欧米の需要は回復し、再び国際競争に巻き込まれることになる。日本市場への水産物の確保が簡単ではなくなるだろう。国際価格水準と消費者の求める価格水準をしっかりと分析し、供給責任が果たせる適正価格の模索が必要。難しい課題ではあるが、価格に対する消費者の理解を得る地道な努力が必要だろう」