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今週の一本

●東洋水産 森和夫相談役を追悼  越川宏昭 (週刊水産タイムス:11/08/22号)

人への愛深く、筋の通らぬ話には峻烈

「ひとつの時代が終わった」の感慨

在りし日の森氏
 東洋水産相談役の森和夫氏(95)逝去の報に接し、ひとつの時代が終わった、という感を抱いた。自らが創業し、大成させた東洋水産をわが分身のように愛し続けた森さんは、知る限りでは昨年まで毎日のように出社していた。
 猛暑のある日、「こんなに暑い日にも出社するのですか」とあきれて聞くと、「毎日出ているよ。土曜日は半日だけど」と軽く言われて唖然としたのを思い出す。最晩年、足は不自由だったが頭はしっかりしていて、会議等でも経営面のツボは絶対外さなかった。
 本人から「こんなおいぼれが会社に出て皆に迷惑をかけるので申し訳なく思っている。でも会社にいるのが一番健康のためにいいのでわがままを言って出ている。これでも皆の邪魔にならないように心掛けているのだよ」という言葉を聞いた。自分の立ち位置を冷静に認識し、滅多なことでは現場に口出しをしないという覚悟がうかがえて感銘した。
 会社ではいつも菜っ葉服と運動靴といういでたちだった。今年、大震災や原発事故で政府の要人が菜っ葉服を着ているのをよく目にしたが、森さんはつねに非常時の感覚だったのだろうか。
 森さんは無骨な印象だが、意外な側面をもっている。東洋水産の本社ビルには、受付ロビーや役員応接室に向かう廊下の壁面にたくさんの名画が飾られている。ロビーにはマチスやヴランマンクといった印象派の著名な画家の絵である。廊下には片岡球子の版画などの小品が掛けられている。
 いつだったか、「なぜ、あんな高価な名画をだれもが通る受付の傍らに飾っているのですか」と尋ねたことがある。森さんは「毎日のように本物の名画を目にしていると自然と美意識が養われるものだ。社員に美術に対する感性を磨いてもらいたいと思って誰でも目にできる場所に飾ったのだよ」と答えた。
 会社を愛し尽くした森さんだが、さりとてオーナー経営者にありがちな公私混同を何よりも嫌い、みずからを厳しく律していた。「身内は会社に入れないのが主義だ」と公言し、それを実行した。いても地方の子会社に遠ざけ、決して本社の中枢に置くようなことはしなかった。
 弊社(水産タイムズ社)の創業者の越川三郎(平成元年死去)とは東洋水産の創業前からの付き合いで、度々「君の親父とは刎頸(ふんけい)の友だった」と、むかし新橋駅前の屋台で飲んだときの話を聞かされた。
 「彼はいい男だったが酒癖が悪くて、飲むと議論になる。挙句は『何を』と血相を変える。僕は酒を飲まないし喧嘩になれば体格がいい僕が勝つのは分かっていたので、三十六計逃げるにしかずと自分が逃げたよ」と愉快そうに話すのだった。
 高杉良著「燃ゆるとき」には実名で東洋水産の創業からの発展と苦闘の一部始終が詳述されている。
 略歴を簡単に披露すると、昭和22年農林省水産講習所(東京水産大学を経て現東京海洋大学)製造科を卒業、28年に前身の横須賀水産を築地市場内に設立、冷凍鮪の輸出を行う。31年に社名を東洋水産に改め、翌年現在の港区港南に移転。この頃魚肉ハム・ソーセージの生産開始。36年ラーメン発売、37年にマルちゃんマークを誕生させた。以来、全国に次々とラーメン工場を建設、50年「焼きそば3人前」(チルド麺)を発売したのに続き、53年「赤いきつねうどん」、55年「緑のたぬき天そば」と大型商品を発売する。47年米国会社設立。48年には東証、大証、名証各1部上場を果たす。事業は大別すると水産食品、即席めん、加工食品、低温食品、そして冷蔵事業。23年3月期の売上高は約3000億円という企業グループである。
 思い返せば森さんはすこぶる熱い男だった。人に対する愛情が深く、何かと面倒を見たが、半面、筋が通らない話には命をかけて戦う。大手商社が乗っ取りをかけてきたときやライバル企業との特許訴訟問題には敢然と立ち向かい、ひるむことがなかった。
 森さんの生きざまで見事だと思うのは、森和夫という男の魂、価値観がそのまま遺伝子として企業に息づいていることである。バブル経済の時代、だれもが浮かれて財テクに走った。ゴルフ場など食品企業と無縁の事業に投資をする経営者が多い中、東洋水産はわき目もふらず本業に徹した。人真似を嫌い、独自路線で強い商品を育て上げた。そういった森イズムの結晶が現在の東洋水産である。
 森さんは口舌の徒を軽蔑し、権力にへつらうことを忌み嫌った。自身は日本軍が惨敗したノモンハン戦線の生き残りだが、最後まで勲章や褒章を一つも持たないことを誇りにしていた。
 ご冥福を祈る。

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