●技術の進歩が世界を救う
松田陽平
(週刊水産タイムス:25/01/01号)
1970年から55年経て 大阪・関西万博へ/交雑魚など魅力を発信
| 近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 大阪・関西万博 ウォータープラザ店の内装イメージ |
| 近大水産研究所の升間所長 |
大阪・関西万博(日本国際博覧会)が大阪・夢洲で今年4月18日〜10月13日開催される。テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。高度経済成長真っ只中の1970年に開催された前回の大阪万博では、回転寿司やファミリーレストランなど新しい技術や商品・サービスが発信され、その後の社会や人々の生活に大きな変化をもたらした。55年の時を経て、今年開催される「大阪・関西万博」では未来に向けてどのような技術が発信され、世の中を変えていくか。世界中から注目が集まっている。 近畿大学(大阪府東大阪市)は、サントリーホールディングス(大阪府大阪市)と協業し、2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)に養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 大阪・関西万博 ウォータープラザ店」を出店する。 同大学は1970年に開催された前回の大阪万博でもキッコーマンが運営した「水中レストラン」内に設置された水槽管理を担当し、当時珍しかった同大学オリジナルのサラブレッド魚(交雑種)を国内外に発信した。今年開催される大阪・関西万博に出店するレストランでも水槽を設置し、同大学が研究を進める人工種苗のニホンウナギや、クエタマ・ブリヒラなどのサラブレッド魚を泳がせ、世界から集まる来場者に最先端の養殖魚を披露する。 「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 大阪・関西万博 ウォータープラザ店」の出店の目的は、これまで近畿大学が取り組んできた研究成果を社会全体や世界に発信するため。世界で初めて成功した完全養殖クロマグロや、近大オリジナルのサラブレッド魚などを世界中に発信する。 「“人生で初めて食べる魚”に出会う」が店のコンセプト。近大マグロやクエタマ、ブリヒラ、近大マダイ、近大シマアジなどを使ったメニューを提供する。 また、完全養殖が持続可能である点を担保するため、「持続可能な水産養殖のための種苗認証協議会」(SCSA)という第三者認証のエコラベルを取得している魚を提供する予定。
64年から研究を開始
同大学水産研究所の升間主計特任教授・所長に1970年の大阪万博での「水中レストラン」での展示や、当時から現在に至る近畿大学における養殖魚研究の歴史と養殖魚の未来などについて話を聞いた。 ◇ ――1970年にキッコーマンが万博で出店した「水中レストラン」はどのような店だったのか。 升間所長 当時近畿大学が担当した水槽では、ハマチやマダイ、チダイ、シマアジ、ヒラメ、イシダイ、イシガキダイに加え、マヘダイ(マダイとヘダイの交雑魚)、キンダイ(イシダイとイシガキダイの交雑魚)が泳いでいた。水槽を見ながら食事するレストランだったと聞いている。
――近大における交雑魚研究はいつ始まったか。 升間 1964年から世界初となる海産魚での交雑育種を開始し、マダイとクロダイの交雑魚(マクロダイ)が生まれた。淡水魚での交雑研究はすでに始まっていたが、海産魚では近大が初。現在は日本では近大の独壇場として交雑魚の研究を進めている。 大阪万博が開催された1970年当時、一般の人が海産魚の交雑魚を見る機会はまず無かった。人工的にこういった魚が作出できたのは極めて珍しかった。
――これまでの研究で何種類くらいのサラブレッド魚が誕生したか。 升間 過去の研究をふり返ると、70〜80年代にかけて精力的に交雑魚の研究が行われ、これまで35品種が作出された。 交雑育種をすれば、すべての魚種が商品化できるわけではなく、経済性があり、消費者に受け入れられる魚種が選ばれる。現在、商品化しているのはクエタマとブリヒラの2魚種。近大で種苗を生産し、養殖業者に提供して生産量を増やす取り組みを行っている。
――関西・大阪万博に出店する専門店では何を見てもらいたいか。 升間 近大が海産魚の交雑に取り組んでいる点をアピールするとともに、注目度の高い人工ウナギやチョウザメなどを店内の水槽で見てほしい。
育種が今後のキーワード
――交雑魚の重要性や位置づけは今後どうなるか。 升間 養殖技術が発達する中、今後重要性が増していくのは品種改良。品種改良は交雑だけでなく、選抜育種などがある。「近大マダイ」は世界で初めて品種改良した魚。天然種苗が主流だった時代に、成長の良い魚を選抜して親魚として、天然種苗と比べて約1.5倍も成長性の高い魚を作出した。交雑も品種改良のひとつで、それらも合わせて育種という言葉が海産魚養殖で今後キーワードとなる。 育種の代表例がノルウェーサーモン。魚粉を大幅に減らした飼料でも成長する育種に成功した。成長性も非常に高い。育種が養殖業全体に必要になっていて、育種をいかにコントロールできるかが今後の養殖業の成功の鍵と言える。
――世界と比べて日本の育種技術はどのレベルにあるのか。 升間 日本の育種技術は世界と引けを取らないが、ノルウェーサーモンの生産量が圧倒的に多いため、数量ベースで見ると日本は遅れているといえる。日本で今まで成功した魚種は「近大マダイ」くらいしかない。ゲノム編集などもあるが、生産量全体に占める割合は小さい。今後は育種で作出した種苗を使った持続可能な養殖が求められる。
――前回の大阪万博が開催された1970年当時、海産魚の育種交雑技術はどのレベルだったか。 升間 1964年に育種や交雑の研究を開始し、70年代半ば頃から成長が早いという認識が広まり、愛媛・三重などのマダイの主要産地に種苗を販売する取り組みがこの頃から始まった。80〜90年代にかけてマダイ養殖は天然種苗から人工種苗へシフトしていった。 1970年代は人工種苗を生産する技術が発達し始めていた時代。その意味では前回の大阪万博でこれだけの魚種を展示できたのはインパクトが大きかったと思う。 その後、人工種苗を生産する技術が進んで量産できるようになった。その背景には栽培漁業が全国展開されて、日本全体で人工種苗を生産する技術開発が進んだためだ。近大の種苗生産技術はそれらを取り入れながら独自の技術として現在に至っている。
高水温に強いブリヒラとクエタマ
――海水温の上昇が課題となる中、高水温耐性のある育種などは可能か。 升間 ブリヒラの親であるヒラマサは暖かい海にいる魚で、ブリと比べてブリヒラは高水温に強いことが予想される。クエタマの親であるタマカイは熱帯にいる魚で、クエタマは水温が高いところで養殖するとクエの約2倍大きく成長する。餌効率も高く、クエは1sの配合飼料で0.5sしか増えないが、タマカイは1sの餌で1s増える。餌を与えた分だけ大きくなるという養殖メリットが非常に高い魚種といえる。
魚の側から低魚粉対応に近づける
| 近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所 銀座店 |
――今後、品種改良が養殖業にもたらす影響とは。 升間 魚粉価格が高騰し、魚粉削減が養殖業における大きな課題となっているが、栄養学的アプローチは限界に来ていると言われており、代替タンパクを使って今以上に魚粉の使用を減らすのは難しいとされる。特に肉食系のブリ類やマグロになると魚粉削減は難しい。ここまで来ると魚の側から低魚粉対応に近づけなければならず、品種改良が必要になる。 魚を群れで飼うと魚粉が少なくても大きく育つ個体がいるので、それらを選抜して育種を繰り返すことで、従来よりも魚粉が少ない飼料で育つブリなどを作出することができる。究極的にはクロマグロで展開したいが、実現不可能ではない。その意味でも品種改良は重要な技術だ。
――完全養殖クロマグロの現在の位置づけは。 升間 通常のマグロ養殖では、まき網で獲った3〜5sのヨコワを活けこむが、90%以上生残する。完全養殖マグロはスタートが5pの稚魚から始まるので、生残率が低く、管理面で手間がかかる。以前は完全養殖マグロの稚魚を30p程度で出荷していたが、今は1〜2sまで成長させて出荷している。 天然マグロ資源が増えており、活けこみ後の生残率も高いので、養殖業者はより確実性の高い天然ヨコワを活けこみしているのが現状。日本では完全養殖マグロという言葉は広まっているが、その持続可能性や食料供給の面での重要性を消費者などに理解してもらうことが必要。それらの理解が深まれば、天然資源に依存しない養殖魚として認知してもらえればブームが再び来ると期待している。
――関西・大阪万博で期待すること。 升間 少なくとも養殖魚全体の半分近くは人工種苗から育てているという日本の養殖魚の現状を知ってもらうとともに、こんなにおいしい魚を作っているということを大阪・関西万博で体験してほしい。
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