この人に聞きたい:第904回
(週刊水産タイムス:23/10/16号)
変化への対応、躊躇なく積極的に
水産庁 漁港漁場整備部 部長 田中 郁也氏
持続可能なインフラ管理へ 漁港のグリーン化も進める
令和6年度水産基盤整備事業概算要求は対前年比19.8%増の873億1400万円となった。
令和8年度までを計画期間とする漁港漁場整備長期計画の3年目の予算であり、着実に実現していくために、満額確保が期待される。水産庁の田中郁也漁港漁場整備部長に6年度事業概算要求のポイントについて聞いた。
――来年度概算要求で打ち出した重点課題について。
田中部長 漁港漁場整備長期計画の方向性に沿って、重点課題を設定している。まず一つは、水産業の成長産業化に向けて拠点漁港の機能強化をしていくこと。そして、養殖の重要性が増していることを受けて長期計画でも新たに設定した、養殖生産拠点の整備を推進する。
養殖水産物は輸出の稼ぎ頭である品目も多い。生産拠点をしっかりと整備し、輸出拡大に向けて生産の安定を図る。
重点課題の二つ目は、持続可能な漁業生産体制の確保対策。海洋環境の変化や災害の激甚化といった漁業にネガティブな影響を与える要因が増えている。これに対し、安定的な漁業生産体制を確保していくことが求められている。
再生産を支える藻場・干潟の保全は、生物を相手にした事業のため環境変化の影響を受けやすく、環境に適合した整備や保全を効果的に進めていく必要がある。
――漁港施設の耐震・耐津波・耐浪化、長寿命化対策も進める。
田中 災害の激甚化・頻発化に対しては、まだまだ低水準にある拠点漁港における地震・津波に耐性を持った施設の整備を推進しなければならない。国土強靭化のための5カ年加速化対策の予算も活用しながら、底上げしていく。
生活インフラとなっている離島の漁港もしっかりと整備し、災害時にも機能を果たせる施設にする必要があり、整備を加速していきたい。
加えてグリーン化の推進。カーボンニュートラルを水産分野、そして港という単位でも実現していきたい。今回、拡充事項の要求もしている。
――三つ目の重点課題は、漁村の活性化と漁港の利用促進対策。
田中 漁村インフラの整備と漁港利用促進のための環境整備に取り組む。
海業の振興を掲げるなか、漁港漁場整備法を改正して漁港を海業に積極的に使えるようにした。漁業は重労働であるとともに、風や波などによる係留への不安の声も根強く、安全で快適な就労環境の整備をしっかりと進めていく必要がある。そして、海業を進めるにあたり、一般の方に漁港へ来てもらうといった観点からもこういった安全対策は重要となる。
漁港の利用促進のための環境整備については、海業を導入しやすいスペースを創出したり、一般来訪者にも備えた災害情報伝達のための整備、漁港背後にある漁村の生活インフラの整備も、漁村の活性化対策として進めたい。
来年4月に漁港漁場整備法の施行をめざしている。そのために必要な事業制度の整理についても、6年度予算の中でしっかりと取り組んでいく。
漁港漁場整備長期計画については5年間でしっかりと達成できるように事業を進めており、進捗状況は各都道府県の協力を得てフォローアップしているところ。今年末には、1年目である4年度末までの達成状況について整理できる。
3本の拡充事項
――拡充事項は3本要求している。
田中 一つは持続可能なインフラ管理に向けて、漁港ストックの適正化の推進。経年劣化が進み、適切な整備が必要となっている漁港施設が多くある中で、これまではそのすべての漁港施設において機能を確保していくことが基本的な方針だった。しかし、漁船が減っている漁港もある。漁業活動に本当に必要なエリアを明らかにして、そのエリアにおいてきちんと機能を確保できるよう、重点的に長寿命化対策に取り組むことが必要。
集中投資すべき部分と、必ずしも費用を入れなくても活用できる部分がある。例えば、護岸や防波堤が機能していれば多少土砂がたまっても問題のないエリアにおいては、すぐに浚渫(しゅんせつ)をする必要がない。小規模養殖や施設を設置するなど、このエリアを海業に活用する際は、浮桟橋を除却するための支援をするといった柔軟性ある管理レベルの設定により、持続可能なインフラ管理をめざす。
また、複数間の漁港で取り組む場合には、船が少なくなった漁港の機能を集約し、更新する必要のない浮桟橋を除却。長寿命化対策を重点的・効率的に実施して、空きスペースは海業などに有効活用してもらうことで、漁港ストックの適正化を図る。
拡充のポイントの一つは施設の除却を支援できるようにしたこと。また、自治体による機能保全計画の見直しを促すために、説明したような観点で計画見直しに取り組む場合には補助をできるよう要求している。
――海洋環境変化に対応した漁場整備の推進も拡充して要求している。
田中 海洋環境の変化により獲れる魚種も変化していることを踏まえて漁場整備を進める。これまでに全国で「海洋環境適合のための総合整備計画」(水産環境マスタープラン)が策定されているが、現在の変化状況を検証し、漁場整備について再度確認する必要がある。
マスタープランはいくつかは国が調査費用を出し策定したが、それ以外は地方の予算で作ってもらっている。今回、環境変化に適合したプランに見直したり新たに策定する場合に支援をして、これに基づき漁場整備計画も見直してもらう。
――拡充3つ目は漁港のグリーン化の推進。
田中 漁港では電気を使用する冷蔵庫や荷捌き所、製氷施設がCO2を排出する。特に古い施設は効率が悪く、電力消費も多い。
一方、最近の新しい施設では太陽光パネルを設置して電力をまかなったり、高機能の冷蔵庫により消費電力を削減したりと、CO2の排出抑制に取り組んでいる。また、漁港の防波堤に形成した藻場や近傍の天然の藻場が、ブルーカーボンとしてCO2の吸収にプラスになる。
今回の拡充はこれらを全部“見える化”しようというもの。流通拠点漁港におけるCO2の算定に向けた計画づくりを、新しく補助対象とするよう要求している。長期計画でうたっている漁港のグリーン化を具体的に進めるための施策として、新たに提起した。
――非公共の漁港機能増進事業には12億円を要求した。
田中 この中では、安全対策向上・強靭化事業の中の漁港施設情報のデジタル化を拡充した。全国漁港漁場協会が漁港情報クラウドシステムを構築しているが、こういったシステムを地方公共団体が導入しやすいようにする。
また、漁業の操業形態の転換・養殖転換事業を新たに創設した。漁業の不漁が大きな課題となっているが、操業形態を変えていく動きが出てきた際、係船柱や防舷材、魚類移送施設、増養殖場など、比較的小さめの施設整備については機能増進事業で応援していく。