この人に聞きたい:第35回
(週刊水産タイムス:06/03/06号)
大手水産トップに聞く ニチレイ浦野光人社長
(株)ニチレイ 代表取締役社長 浦野 光人 氏
今のニチレイにとって最大の課題は、赤字が続いている水産事業の立て直しだ。このほど3年をスパンとした再生計画をまとめたが、ニチレイフーズ、ニチレイロジグループが健闘しているだけに、水産の苦戦がなおさら目立つ。水産・畜産事業の子会社、ニチレイフレッシュは人事を刷新。「あとは数字で示すしかない」と浦野光人社長は言った。
(本紙社長・越川宏昭)
水産事業立て直しへ
固定費削減と魚種の絞り込み、「ニッチ」戦略で20年度黒字へ
――分社化して最初の1年。第3四半期も過ぎて、今期も見えてきた。
浦野 営業利益は150億円で落ち着きそう。計画の163億円も1割ほど下回っており、水産の低迷が大きい。逆にニチレイフーズやニチレイロジグループは予算を達成している。
――今のニチレイの悩みの種は水産事業。再生プランをまとめ、大幅な人事も行った。心機一転なるか。
浦野 水産事業は巨大マーケットを有する。その中で、大手水産、商社、漁業会社にしても、全ての分野を営んでいる例はない。そこが畜産との違い。「ニッチ」を組み合わせた「Σ(シグマ)ニッチ」の形。中間流通では「エビ専門商社(問屋)」もあるが、川上ではいくつかの得意アイテムを持って、それがシグマでトータルされ、一つの形を作っている。
――水産事業は、かつての得意商材も含めて、全体的にここ3年ほど苦戦している。
浦野 もともと、エビやカニ、タコなどの得意アイテムがあった。今の赤字は、得意アイテムの状況変化を見過ごしたため。例えばカニやタコなら、世界レベルで産地事情が大きく変わってきたのに、仕入れが対応できなかった。国内の売りもどんどん狭まっている。
戦略の失敗で苦戦
――変化の方向にシフトできなければ、売上げが落ち、利益を失っていくのは当たり前の話だ。
浦野 アナリストは「それだけ赤字を出してまで、水産事業を続ける意味があるのか」という聞き方をされるが、水産はもともとニッチの組み合わせで成り立っている。ニッチ戦略がきちんとできれば社会的にも意義ある事業。4年前のニチレイは、それができていた。規模としても大きなビジネスだし、そこにもう一度戻る必要がある。
――ニッチ戦略の核になる商品を捉え直す。
浦野 エビは今でも赤字ではないが、ひと頃に比べ、利幅が小さくなった。仕入れ先の選択が重要。サウジアラビアのエビも、南米のピンクにしても、ニチレイのオリジナルであり、しかも高く売れている。エビという分野の中で、どういう特徴を持たせていくか、それを再構築したい。日水、マルハの水産事業が、それなりの利益を上げている中で、ここ数年の苦戦は明らかにニチレイの失敗である。
――固定費も削減しなくてはならない。
浦野 水産事業はピーク時の1400億円が今期は827億円まで減少した。ピーク時と同じ固定費では利益など出るはずがない。固定費削減は既に取り組んでおり、今期は7億円まで削減できる。再生プランでは20年3月期で黒字を目指す。
――「選択と集中」というが、あとは強みのある魚種に特化すれば……
浦野 おっしゃる通り。この3年、毎年のように不良在庫を持ち越していたが、ようやく終わった。4月以降は再生に専念できる。フーズとロジがそれなりの数字を残したので、水産に対する外圧がそれほどでもなかったが、もしフーズもロジも業績がふらついていたら、株主総会では当然、水産に対する風当たりは強まっていただろう。
――分社化して自己責任。人事を刷新するなど、大鉈(なた)をふるった。
浦野 厳しく臨んだ。これも分社化の主旨の一つだ。
――要はリーズナブルな買い付け、適正価格での販売ができるかどうかだ。
浦野 まさにその通り。来期が新生・ニチレイ水産事業の再出発の年。「数字で示す」との思いでいる。
食品・物流は善戦
――水産に比べると、加工食品や物流は善戦健闘した。
浦野 営業面で加工食品の堅実な戦略・戦術が成果を出した。生産部門の再編では能率の改善、コストの縮減が目覚ましい。生産性が大幅にアップし、利益面でも向上した。
――既存の商品群は利益体質になってきた。今後は、加工食品の新たな成長戦略をどこに求めるか。
浦野 業務用にいかに入っていくか、健康価値事業をどう進めるかがポイントになる。加工食品の価値は「おいしい」「楽しい」「健康」「安全安心」「簡単・便利」「リーズナブルな価格」「安定供給」の7つ。このうち、どこに磨きをかけるか。5〜6年前だったら「簡単・便利」、今は「安全安心」だろう。今後は「健康」だと思っている。
――健康食品というとサプリメントをイメージするが。
浦野 普段の食事で健康価値を実現するのがテーマ。これから重視するのは「低カロリー」。全ての生活習慣病の大もとは肥満にある。誰もが否定できないカロリーという問題に焦点を絞って、商品開発しようというのが今のニチレイの路線。
――国内の冷食は原材料の高騰や為替の影響、末端での安売りなど、メーカーを取り巻く状況は厳しい。
浦野 8〜9割が安売りで売られているとも聞く。
――消費者は価格に素朴な疑問も持っている。リーディングカンパニーとして対応が注目される。
安売りに歯止めを
浦野 今のままでは研究開発費も出ない。各社が価格面で同質化競争をしていてはだめだ。この春から小売価格の撤廃を決めたが、これがきっかけになって行き過ぎた安売りに歯止めがかかれば、と念じている。安売りに対して消費者の半分は「安かろう、悪かろう」を感じて売り場を素通りし、あとの半分は「この値段ならラッキー」と買っているのが本当のところではないか。“素通り派”に対しては、品質の高さで明確なメッセージを発したい。「冷食って、そんなもの」と思われるのが一番悔しい。
――ロジグループも健闘している。
浦野 分社化の成果が最も顕著に出た。各地域で荷主との関係が非常にうまくいっており、在庫率、回転率とも上がっている。成熟産業といわれる中で、新たなモデルを構築できており、V字回復になっている。
――分社化がいい面に出た。
浦野 定性的には意思決定の迅速性とか、いくつかのメリットがあると思うが、従業員が経営というものを身近に感じられる点が最も大きい。
新中計は成長戦略に
――ニチレイ本社とニチレイフーズの社長を兼務。権限の分散、あるいは業績のモニタリングなどがあると思うが、兼務していて、この機能は果たせるのか。
浦野 ニチレイフーズが抱えている問題は非常に多い。誤解を恐れずにいえば、ある意味で食品の素人である自分がニチレイフーズの社長を兼務していることで、いい意味での「岡目八目」的な役割を果たしているのかもしれない。
――財務状況が改善した。
浦野 ようやく有利子負債は1000億円を切った。次期の新中計では「成長」を明確に意識したい。