この人に聞きたい:第80回
(週刊水産タイムス:07/2/19号)
大手水産トップインタビュー
新事業会社は「全体最適」で
ニチロ 社長 田中 龍彦 氏
総合力、相乗効果高める
第3四半期の業績が明らかになり、今期の動向も全容がほぼ見えてきた。今のところは10月のマルハ・ニチロ経営統合が今年最大の関心事だろうが、今後、何が起きても不思議ではない業界の気配も感じる。大手水産のトップに胸の内を聞いた。
――マルハとの経営統合は業界を震撼させた。
田中 あまりの反響にこちらも驚いた。実際に動き始めるのは4月から。まずは人と人との触れ合いから。成功させるカギもそこにある。「全体最適」を目指した組織体にする。
――OBや取引先も前向きに受け止めているようだ。
田中 水産・食品の垣根をなくすよう叫び続けてきた。マルハニチロホールディングスを設立した後に、水産・食品・畜産・物流の各事業会社に順次再編していくが、ニチロとしては食品会社としての体制が整いつつあった時なので、水産・食品が再び別々になってもうまく融合させるようにしたい。
――水産と食品の境目がなくなってきていた。
田中 ニチロ総合展示会の開催は今回で4回目になる。「ニチロにはこんなに沢山の商品があったのか」と荷受の人が一番驚いている。漁業会社だった時代は、「獲る」「捌く」で役割分担された共同体だった。買い付けだけになった今も荷受との関係は続いているが、実際の売り場は町の鮮魚店ではなく、量販店へと様変わりした。
――4つの事業会社になっても、総合力、相乗効果を高めることができるか。
田中 そうでないと経営統合の意味がなくなる。海外事業もそうだ。日本の水産・食品市場が縮小する一方、海外は膨らんでいく。欧米やロシア、中国にどう働きかけるか。日本水産の戦略(TGL計画など)は時代の先を読んだものと感服している。
――マルハ・ニチロの経営統合で、水産業界が着目され、逆に日水の評価が上がった面もある。
田中 もともと私は自他ともに認める垣添ファン。日水は一気通貫型、マルハは世界の魚屋として商社機能を前面に出してきたが、はっきりしているのは、海外で高い魚を手当てしても、日本市場に持ってきた場合、価格を転嫁できないこと。“買い負け”ではなく“買えない”のだ。アラスカの子会社、ピーターパンシーフーズのサケを中国で加工、付加価値を高めて販売する取り組みを始めたが、日本市場だけを相手にしていては片手落ちになる。
――欧州やロシアの市場開拓は。
田中 魚はもともとグローバル商品。ここへきてマーケットもグローバルになり、思い切って投資できるかどうか。分かってはいたものの、ニチロ単独では限界があった。ニチロもマルハも貧乏同士だが、スケールメリットはある。海外市場への思い切ったチャレンジがないと、営業利益300億円の目標は達成できない。
――大規模なM&Aが想定される。
田中 その点でも日水の取り組みは早かった。ゴートンズとまではいわなくても、100億円単位の話になる。「後追い」と言われても仕方がない。
――経営統合による国内の効果は。
田中 マルハと一緒になることでニチロの商品が増えた、マルハも売り場が増えた、となっていけばいい。ニチロは歴史的にサケ缶、カニ缶に強い。ツナ缶を除けば、マルハ・ニチロでほとんどの缶詰がトップシェアになる。原料調達でもニチロ単独ではドカンと買えなかった。鮮魚の流通機能もあるマルハと組めば優位性が出る。
――それでアイデンティティは保てるのか。
田中 お互い長所、短所があろう。いいものだけを残すという考え方で対処していく。長年に培われた良き伝統はあるが、変えたくても変えられなかった苦しみもあった。ニチロは100年の歴史を捨てる、マルハも127年の歴史を捨ててください、と。これで変えられなかったら、もはや将来はないという気持ちでいる。
――考えようによっては、100周年を「おかげさま」で済ませ、経営統合といった大手術は次の社長に回すこともできたはず。時代は後に検証されるものだが、敢えて100年を切り捨て、新しい一歩を踏み出した決断は、重かったのでは。
田中 危機感の表れでもある。環境があまりにも変わってきた。ニチロが得意としてきたマーケットの隙間もなくなり、技術力・生産力・調達力・開発力のどれをとっても、中堅企業のままではいい位置取りができない。
――荷受の再編も予想される。
田中 マルハ系、日水系という概念が薄らいできた。「マルハ魚友会」も名称を変えてもらう。新しい水産の事業会社は全てが取り引き先。もうマルハ系とか、日水系といっていたら成り立たない。ウチはどこへでも売っていきますよ。